「一人警察モノ」とか呼ばれるくらい、警察小説ではあらゆるジャンルに長けている横山秀夫ですが、この本は鑑識課で似顔絵を担当していた平野瑞穂が、一年前に
ある事件をきっかけに似顔絵が描けなくなり、半年の休職の後、広報へ異動。心の傷を治して再び鑑識へ戻るまでの話が短編集としてまとめられています。
※「ある事件」は前に出た短編集「陰の季節」の中の「黒い線」に詳しく掲載されていますが、未読でも最初にその事件について触れているので大丈夫です。犯人の似顔絵…というのは、事件が起きるとテレビなどで見かけますが、その内情を読むのは初めてだったので、描く側の苦悩やスキルは、この小説で初めて知りました。
短編集ですが、主人公瑞穂が、徐々に自分を取り戻していく過程は、まるで長編小説のよう。
ところで、私は最初図書館で単行本を借り、その後文庫本を購入したのですが、単行本と文庫本で違う箇所発見!
※作家さんによってはよくあることらしいですね?この著者はどうなのか分からないのですが…。話は思いっきりネタバレになりますが、第4話目の「共犯者」。
この話は、銀行の支店に対する防犯訓練が主題になっています。
訓練とはいえ、事前の予告は支店長のみ。犯人役は本気で支店に押し入り、本気で行員を脅し、本気で金を奪って逃走!どこまで打ち合わせ通りに出来るかを見極める重要なデモンストレーションなので、やる方も一切の手加減ナシです。
ところが、以前の訓練にて、余りの恐怖に失禁してしまった女性行員が…。
彼女は短大出て一年目。年頃の女性が大勢の前で失禁したという事実に耐えられず退職、その後失意から立ち直ることなく病死します。
そして彼女の祖父が警察と銀行に復讐する為、たまたま手に入れた防犯訓練の情報を利用して、同じ時刻に同じ銀行の別の支店に強盗をしむけ、警備の手が訓練に集中していた警察に恥をかかせます。
祖父は、(訓練予定の)支店近くにある若者向けのショップで洋服を見ながら、訓練が始まるタイミングを図っていましたが、後にその不自然さに気づいた瑞穂が一人で祖父の住むアパートに説得に行きます。
結局警察も少し遅れて事実にたどりつき、瑞穂の説得中にアパートに到着するのですが、瑞穂はドアを押し破られる前に自分から外に出て欲しいと最後の説得をし、祖父もそれに従うのですが…。
最後、瑞穂にかける言葉が単行本と文庫本で違っているのです。
単行本では
「あんたは真由美(孫)
によく似ている」(というニュアンス。すみません読んだのずっと前なのでうろ覚え…後で確認します^^;)。
そして文庫本では
「あの店(訓練開始まで待機していたショップ)
には、真由美に似合いそうな服がいっぱいあった」になっています。
当然文庫の方が後から出版されたので、単行本を出した後、文庫本の文章に直した…ということなのですが、何故直したのでしょうね?
ニュアンス的には、単行本の場合は、瑞穂を通して孫の姿を見たように取れますが、文庫本だと瑞穂と関係なく孫のことを回想しているような雰囲気です。
祖父は説得に来た瑞穂に、孫についてこう語ってます。
「真由美はいい子だった…。あんないい子はいなかった…。純真で優しくて、それに、大きくなっても年寄りを馬鹿にせず、真っ直ぐ人を見つめる子だった」このセリフの人物像は、涙ながらに祖父を説得をする瑞穂の姿に少し被ります。
だから個人的には、単行本のバージョンの方が私は好きなのですが…。
ただし、失意のまま病死した女性と、失意から立ち直る過程にいる瑞穂は、全く別の人物である。だから二人は似ているはずがない…と言えるような気もします。
ひょっとしたら、横山さんはそういうことを考えて、セリフを変えたのかもしれません。
どちらにしても真実は分からないんですけどね。
PR