コルベットは話を全て終えてから、最後にこう付け加えた。
「ルーシー・ベル号は、明朝にはロンドン港を出発します。
出来たらそれまでに解決して欲しいのです」
ホームズは話を全て聞いた後、重い口調で説明を始めた。
状況は余りよくない。
この件が明るみになれば、詐欺を企てたマクニール兄弟や船長はもちろん、詐欺に加担した船員、そして暴行に加わった船員等多数が罪に問われる。
コルベットも例外ではなく、詐欺罪はもちろんのこと、ビリーが生きているのを知ってて海中に投げた殺人罪に問われかねない。
船長はビリーが生きてたのを知った上で、同じくそれに気づいたコルベットを身振りで脅し海中に投げさせたと言うが、その証拠はなく、船長がしらばっくれてしまえば、責任はコルベット一人負うことになるだろう。
せめてその光景…船長とコルベットの秘密のやり取りを見ていたものがいて、証言してくれたらまだ可能性はあるということだが…。
コルベットは、あの場で自分と船長のやり取りを見ていた人が一人だけいると言う。
コックのハリー・ディーキンだ。
彼はビリーへの暴行を止めようとしたが敵わず、ビリーを海中に埋葬する時はコルベットのすぐ側にいて、船長との一連のやり取りを見ていた。
ただしディーキンはどちらかというと事なかれ主義の男で、船長に不利なことを進んで証言することはしないだろう。
相当上手く話を持っていかなければ、証言させることは出来ない。
そこでホームズは一つアイデアを出した。
あの当時同じ船に乗っていて、その後事故で亡くなった船員トミー・ブルースターを利用するのだ。
作戦決行は本日夜。
コルベットのやることは、船内に一室、ホームズたちが使える部屋を用意しておくことと、ディーキンの居場所を把握しておくこと。
そして夜10時頃デッキで待機していて、ホームズたちが甲板に上がれるようにしておくことだ。
ワトスンはホームズに何をするつもりなのか聞いたが、彼はこう答えただけだった。
「今ここで言えることは、世界で最も古典的なトリック…ということだけかな」
そして念の為、ワトスンにピストルを持参するように伝えた。
さて、ディーキンを証言者に仕立てあげる為のホームズの作戦とは!?
●翌朝までに解決して欲しいって、
何という無茶ぶり!!依頼人が部屋に来てから解決するまで13時間位って、ホームズ譚の中でも
最速の部類ではないだろうか?(←ワトスンは朝の訪問診療を終えてからホームズのとこに立ち寄ってるから到着は多分10時頃で、依頼人が来たのもそれくらい。で、この話の最後にレストレード警部が登場するけれど彼を船に呼んだ時間が夜10時半。11時くらいには全面解決ということで計算すると約13時間)
●ホームズが在宅中で、しかも事件抱えてる時じゃなくてよかったねぇ。ホームズってば、事件の最中でも、
依頼人が美人で品のある女性ならかろうじて引き受けてくれるけど(ひとりきりの自転車乗りの冒頭参照w)、コルベットの身なりじゃどう考えても対象外っぽいし(爆)。この年はいろんな事件があって忙しかったのに(1/4参照)、たまたまヒマだったなんて、コルベットは
超ラッキーなのでは?
●それにしても…詐欺には関わったけど、暴行とは何の関係もない船員にとっては正直迷惑な話ですよね。どうせ保険金のほとんどはマクニール兄弟や船長の懐に入って、船員たちは
はした金しかもらえなかっただろうに…。
天網恢恢疎にして漏らさずという言葉は確かにあるけれど、みんなビリーと同様に、深く考えずに参加した人がほとんどだと思うので、何だか気の毒だ…。
●そもそもこの詐欺に加わる必須条件は「家族がいないこと」で(コルベットが作中そう説明しています)、ビリーも当然その条件は満たしてたハズ。ということはビリーの死の真相が明らかになった所でそれを知る家族はいないわけで。身もフタもない言い方をするならば、この件で得をしたのは結局
保険会社だけとか…。
●古典的なトリックと言われても、ワトスン同様全く思い浮かばない私。赤毛組合を初めて翻訳した人も、先の展開が読めなくてうずうずしたのではないだろうか?翻訳はじれったいけれど、こういうどきどきは翻訳でなければ味わえないかもなーと思いました。日本語で読んでたら数分後には真相が判明しているわけだし。
●生涯秘密を漏らさないことを、よく「秘密を墓まで持っていく」と表現するけれど、英語にも似たような表現があるんですねー。人間考えることは大体一緒なんですね。
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